輸送
Transportation
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BLUEMAGI/TradeinGlorantha.pdf

 A地点からB地点までの商品の輸送手段は交易を理解する上で不可欠である。輸送手段には4つあり、コストのかかる方から少ない方へ順に記せば、人力、駄獣、荷車、水運となる。

 もっともコストのかかる輸送手段は商品を手で運ぶことである。人間は駄獣よりも弱く扱いにくい。だが、人間は動物が耐えられないような状況でも自らを適応させることが出来る。

 駄獣は人間よりも運搬能力において優れている。駄獣の種類によっては、起伏地でも他の場所でもこれを乗り越えて行くことが出来る。だが駄獣はさまざまな病に罹りやすく、環境にも左右されやすい。また、餌と水を与えてやる必要もある。荷を運んでいる駄獣に勝手に草を食ませておくことは出来ないのである。駄獣が地に覆う青草を探してあたりをうろつく間、これらはA地点からB地点まで荷を引っ張ることは出来ないのだから。

 駄獣の商品を運ぶ能力は荷車をひかせることで飛躍的に高めることが出来る。問題は、荷車が比較的平坦で開けた地面や道路を必要とすることである。ジェナーテラの一部では優れた道路網に恵まれているが、ほとんどの場所ではそうではない。

 遠ければ遠いほど距離対費用のコストパフォーマンスが向上するのは水運である。近代においてさえ、かさばる商品を運ぶのには短い陸路を行くよりも長い海路を行く方がだいたい望ましい結果になる。例えば、合衆国の一方の岸からもう一方へかさばる商品を運ぶのには鉄道よりもパナマ経由の船便が用いられる。しかも、水運は大概において[陸路]より早いし安全性も高い。18世紀の例では、ボストンからロンドンへ手紙が着く時間の方が、ロンドンからアイルランド西部へ手紙が着く時間よりも短かった。

 陸路の長距離交易はほとんどの場合、かさばらず非常に高価な商品でのみ可能である。ヨーロッパ-アジア間の香料貿易や絹貿易が好例である。だがこのような[採算が合う陸路の]交易でも、可能な限り河川や海を使った。これに対して、インド綿貿易は安全なアフリカ[の港々]をつないでいく海上航路でのみ可能であった。

 グローランサのキャラバン交易は「大閉鎖」によって非常に活気付いたが、今は海上交易との競争によって徐々に衰退していっている(1) 。冒険者がキャラバン隊と遭遇するとき、彼らが非常に高価で持ち運びやすい商品を運んでいるであろうことは間違いない。


  1.   著者はこのように結論付けて、今後ジェナーテラにおける地域間交易を語る際には水上交易を重点に置くわけだが、私は必ずしも水上交易が有利とは考えない。グローランサの1621年当時の水上交易はリスクの点で陸上交易より不利であるかもしれない。
     地球においては、喜望峰周りのインド・ルートが開拓されてもなお、しばらくの間は中東から地中海へ抜けるルートも健在であった。これは中東のルートが何百年も使われ続け、街道や隊商宿や護衛などが完備していて安全だったのに対し、大西洋のルートは未知の海域が多く、ルート上の港々も整備が進んでおらず、そのくせ海賊が横行していて危険性が高く、保険料が高くついたためである。結局のところ、イタリア人でさえ地中海からではなく大西洋から商品を買うようになるのは、イギリスが喜望峰周りのインド・ルート上の拠点をすべて手に入れて、守備隊を置くようになって、飛躍的に安全性が増した18世紀からである。
     グローランサに立ち戻ってみると、600年間の大閉鎖の後、キャラバン・ルートが整備される一方で、港湾はさびれ、造船技術も失われたはずであり、わずか40年足らずではとても海上ルートが復興しているとは思われない。仮に、全装帆船(櫂を使わず帆走のみで航行する船。最も古いのがキャラック船)があって、ガレー船ほど港に寄らずに済むとしても、18世紀以降のイギリスのような海上覇権国家は存在せず、依然として海上交易は陸上交易より危険性が高く、高額の保険料が付きまとうはずである。
     したがって、1621年当時のグローランサにおいてはなおも陸上交易は健在だと思われる。