金属
Metals
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BLUEMAGI/TradeinGlorantha.pdf

(話を簡単にするために、ここではすべての金属を地球の同種の金属の名称で扱う。)

 ほとんどの一般的な鉱石の交易は食糧輸送と同様の問題を抱えていて、重量に比して価値が低く長距離交易に適していない。ここでもこれを解決するのは穀物と同じように水運である。ほとんどの一般的な鉱石は、金属資源が比較的身近で得られるジェナーテラのほとんどの地域では、未加工の状態では輸送されないし、売られることもない。プラックスのみはこれに当てはまらない。プラックスでは金属製品の交易が全域に渡って盛んに行われているのを見ることが出来るが、これもコーフルーを通じてパヴィスにまで遡っていく[金属製品の]輸入に徐々に取って代わられつつある。
 プラックスについてより突っ込んだ話をするが、[プラックスにおける]道具やナイフといったありふれた金属製品の交易の重要性を過小評価すべきではない。黒曜石や骨製の道具というものは本当に使い勝手が悪いのである(黒曜石の切片で獣皮を剥ごうとするのを想像すれば、これが理解できるであろう)。

 もちろん鉄はグローランサでもっとも価値のある金属であり、高い輸送コストを補って余りある。グローランサにおける鉄は地球における金のように長距離交易に十分引き合う商品となっているばかりでなく、実用的な価値も備えている。
 ジェナーテラにおける主な鉄の供給源はセシュネラの鉄鉱山脈 [Iron Mountains] である。ラリオスのぼったくり峠 [Bad Deal]、ペローリアのジョード山脈にあるノアストル [Noastor] 、ドラゴン・パスのドワーフ鉱山がこれに続く。「鉄塞 [Iron Forts]」があるにもかかわらず、クラロレラには鉄の鉱山は無いように思われる(あれは神々の戦争以前からの遺跡であり、常識には該当しないと考えられる)(1)
 鉄の主要な交易ルートは海岸沿いを西から東へ行くもので、こ鉄はこの道を東奔しながら値を上げていき、クラロレラやテシュノスで輸出された商品の一群(後述)が西走する。この交易の状況は前工業化時代にヨーロッパとアジアで起こったものに似ている(2) 。繊維製品、香料、奢侈品が西へ輸出され、鉄やその他の貴金属、宝石が東へ輸出される。この「正貨」の流出がジェナーテラの鉄の価格と貨幣価値を保っている。

 グローランサにおいて黄金は鉄に迫る価値がある。黄金は太陽との神話的関連のためにペローリアやクラロレラなどの太陽信仰の文化では価値がやや高まる。クラロレラにおけるあらゆる公的資金決済は黄金で行われるが、「影の経済」では他の正貨が主流である(3)。ペローリアには金輪貨があるが、他のさまざまなルナー貨幣が[金貨のみで決済する不便さを]補っている。
 ジェナーテラの魔術的環境により、これら2地域がグローランサにおける黄金の主要な供給源となっている。大規模な鉱床が山々山脈 [Shan Shan Mts.] にはあり、ダラ・ハッパでは鉱坑が口を広げている。より小規模な供給源として砂金を含んだ沖積土があり、これは岩叢嶺山脈 [Rockwood Mts.] から流れ出すほとんどの河川に見出され、とりわけウェネリアの河川で顕著である。黄金はジェナーテラ全域に渡って広く流通しているが、はっきりとしたクラロレラへの正貨流出傾向が認められる。

 銀は鉄や黄金より価値が低いが、広く流通している。クラロレラへの銀貨の流出はほとんど見られず、これにより銀の価値によって諸物価の安定が保たれているが(4)、諸物価に対する黄金の価値を高めてもいる(黄金が減少しつづけているので、より少ない金がかつてと同量の銀と等価になる)。これが銀を通貨としてより安定した交換媒体たらしめており、大荒野より西のジェナーテラで流通していることを説明する。ジェナーテラには数多くの銀鉱山があるが、最大の供給源はドラゴンパスの南にある嵐が嶺 [Storm Mts.] にある(5)

 次に価値があるのは水銀/アルミニウムである。だが、これがジェナーテラで交易されることはほとんどなく、魚人との交易にのみ取引が成り立つ。水銀/アルミニウムはもっぱら装飾用に、あるいは珍しいがゆえに用いられるが、西方の魔道師たちは魔術の材料としても用いる(6)。ヴォルメインではこの金属の鉱床が露出している、といううわさがある。ルナー帝国に仕える商人たちがコラリンソール湾周辺の市場からこの金属を買い占めている、といううわさもある。

 錫の最大の利点は青銅を作り出せることにある。ジェナーテラ最大の錫供給源はカラドラランドにある諸鉱山である。ケタエラの商人は錫を北はターシュへ(ライソス川を遡り、わずかに陸路を越える)、西はラリオス(ハンドラを抜けて)、セシュネラ、フロネラへ、そして東はクラロレラへと商っている。

 青銅はグローランサでもっとも普及している金属である。青銅は嵐の神々の遺骨が変成したものであるが、嵐の神々は至るところで戦い、そして倒れたので、青銅は地球の鉄鉱石と同じくらいありふれたものなっている。プラックス、大荒野、ペントを除き、世界中に青銅鉱床の坑道が口を開けている。プラックス、大荒野、ペントでもおそらく十分な鉱石が眠っているのだろうが、遊牧民にとっては採算をあわせるのが難しいために鉱床は発見されないままになっている。中央ジェナーテラで消費される青銅はその不足分を、カラドラランドの錫と容易に手に入るから銅を混ぜてつくられる[人造]青銅で補っている。このため、青銅はケタエラ、ドラゴン・パス、ペローリア南部では他の地域に比べて僅かに安い。この[青銅の]低価格がプラックスへの[青銅の]交易を支えている。青銅は地域的な交易でもっとも頻繁に商われる[すなわち、地域間にまたがる長距離交易はほとんど行われない]。

 銅はまさに大地をつくりあげた神々との関連性ゆえにありふれた金属となっている(あるいは、銅があちこちにあるという[地学的]事実がこの金属をして大地の神々と関連せしめているのかもしれない)(7)。グローランサの山がちな地域のほとんどは複数の銅鉱床を抱えており、その地域を流れる川のほとんどが銅を沖積している。(アルドリアミが銅を広く用いているが、私はアルドリアミがどのように採鉱しているかを描くことが出来ない。私のキャンペーンでは、彼らの銅のほとんどは森を流れる河川から採集され(8)、残りは人間との交易によって得ている、ということにしてある。)最大の銅鉱床はミスラリ山脈およびこの山脈から流れている河川にある。ラリオスの鉱山所有者はハンドラにいたる交易路に近い鉱山地帯における[採掘の]権利の代償をバシーム族に支払っている。ハンドラはグローランサで唯一の銅輸出港である。

 鉛はウズにとってはもっとも価値のある金属であるが、人間も[鉛を]十分に活用しており、とくに装飾や手工業製品に用いている(9)。人間によるもっとも活発な鉛の交易はラリオスにあるセイフェルスター諸都市で行われており、この地域の手工業組合はグーハンおよびハリキーヴを股にかけるアーガン・アーガーのキャラバン隊から鉛鉱石を仕入れている。


  1.   古代中国では、鉄は銅よりも大量に採れ、彼らは青銅器文明を経ずに鉄器文明に移行したと考えられている。だが、文明の初期から鉄採掘を続けた結果、鉄資源は枯渇し、明代になると日本から日本刀を鉄のインゴットとして輸入するようになった。
     クラロレラにおける鉄鉱床の不在も、あるいは鉄資源の枯渇が原因であるかもしれない。

  2.   この後もしばしば出てくる「正貨の東方流出」について少し考察してみよう。
     単なる「正貨の流出」とは、物資の豊かな地域へ正貨が片方向的に流れ、乏しい地域で正貨不足になる、という現象であり、地域内経済においても、例えば豊作のときに農村に正貨が流れ、都市で不足して物価が高騰する、といった事態が毎年のように見られた。
     地球における「正貨の東方流出」は、14世紀前半にはじめて起こった。その前世紀、モンゴル帝国によるユーラシア大陸の制覇によって東西間交易が活発になったが、このとき東方に流れた銀はモンゴル諸汗国が西方への決済として用いられ、銀は還流していた。しかしモンゴル帝国が瓦解して西方への銀の還元が行われなくなり、かつ東方の諸物産への需要が持続されたとき、銀は西方から東方へと片方向的に流れ続けることになり、ペルシア以西の諸国では以後、銀不足の状況に陥る。
     このような状況で、中国とインドでは潤沢な決済手段のおかげで繁栄を続け、西欧および中東のような比較的裕福な地域では為替のような代替決済手段が発達し、東欧や中南米のような貧しい地域では決済はバーターで行われるようになった。バーター決済は、例えば穀物で取引が行われるような状況を想像してみると、その年の出来・不出来で価値が変動する上、飢饉のときには通貨たる穀物の価値は高まるが誰もこれを売ろうとしない、という事態も起きうる。穀物を媒介にした経済はそのような都度、麻痺し、その地域の経済的発展を阻害する。全体的に見ると、それまで独自に閉じていた経済圏同士が地域兌換性の高い通貨で結びついたとき、豊かな地域はより豊かになり、貧しい地域はより貧しくなる、といった事態が生じるのである。このような事態をある程度抑制するためには自分たちの経済圏と他の経済圏との結びつきを制限することである。これには極端な例として江戸幕府の鎖国があり、一般的には自領内でのみ通用する法貨を発行することである。だが、こうした試みは自由な取引を求める商人たちからは嫌われ、彼らは自分たちで受領する通貨を選んでそれを地域間通貨とした。この地域間通貨のバトンによって相変わらず東西交易が行われ、法貨は鋳潰されて貴金属となって東へ向かう(通貨を交換したり熔解する手間は確かにある程度は地域間交易を抑制したが)。
     「正貨の東方流出」は結局、西方が東方に匹敵するだけの生産力を身につけるまで止まず、西方の生産力が東方を凌駕したとき、今度は「正貨の西方流出」が始まった。

     グローランサでは、第二期のジルステラ帝国がクラロレラを征服したとき、東西の経済圏が結びついた。だがこのときは地球のモンゴル帝国と同じくジルステラ帝国が正貨を西方へ還元させていたので、正貨は還流し、帝国各地で順調な経済発展が見られたと思われる。その後ジルステラ帝国は瓦解してしまうが、「幸いなことに」海の大閉鎖は地域間交易そのものを不可能にしてしまい、ここでも正貨の流出は見られなかったはずである。これが見られるようなるのは、おそらく、シェング・セリレスがペローリアを支配したときではなかろうか。彼はクラロレラを支配してはいなかったので、正貨の流出をとどめることが出来なかった。このときペローリアでは史上初めて通貨が不足するという現象を経験したと思われる。シェング・セリレス敗退後のルナー帝国の速やかな復権は民衆のこのときの不満もあったのではなかろうか。シェング・セリレスの敗退後もペントの交易路は残っていたはずであり、緩やかな「正貨の東方流出」が続いていたが、これが一気に顕在化したのは海の大解放の後であろう。大解放が起こって40年、中央ジェナーテラ以西の各国では決済手段の不足による不景気に見舞われ、しかも初めての経験ゆえに解決策も見出せず、「中世の秋」となっているかもしれない。

  3.   「影の経済 ["shadow economy"] 」が何を指しているのかは不明だが、「実際には」くらいの意味で取っていいのかもしれない。後述される通り、太陽信仰の盛んなクラロレラでは金貨以外を貨幣として認めていないが、それでは不便であろうから、銀や銅も用いられているのだろう。

  4.   先の註(2)に関連して、ルナー帝国が「正貨の東方流出」による通貨の不足、流通活動の阻害を避けようとするとき、帝国は地域間決済手段を使い分けることを思いついたのかもしれない。
     具体的にいうと、クラロレラとの決済には金を用い、他地域との決済には銀を用いる、ということなのだが、このとき確かに金はペローリアから払底するが、ペローリアは中央ジェナーテラ以西の諸国では裕福な地域なので、銀はペローリアに流れることになり、ペローリアの通貨ストックは銀においては潤沢となる。このとき、商人は金銀両替の際の交換差損を嫌って相変わらず銀を使いたがるかもしれないが、幸いペローリアは金の生産地なので金の安さがこの差損を埋め合わせてくれる。このような知恵を帝国が得たのは、すでに「正貨の東方流出」をシェング・セリレスの支配によって知っていたからかもしれない。
     ルナー帝国のこの政策によって、中央ジェナーテラ以西の諸国では「銀のペローリア流出」も見られることになる(クラロレラへは多分金が流出する。これは、例えば毛皮が南国より北国で売れるように、クラロレラにおいては金が他地域より高く評価されているとして、それが金銀の交換差損以上の利益をもたらすなら、商人は金を用いるはずである)。だが、ルナー帝国の支配領域内、例えば占領下のサーターでは、帝国が兵士の俸給その他の支払いに銀を用いるために銀が還流し、そのような事態にはならない。また、例えばある部族が皮革製品を売ろうとするときに、ボールドホームとグレイズランドのリッチポストで同じだけの需要があったとしたら、彼らは通貨のストックがあることが確実なボールドホームへ売りに行くことになるだろう。このように、サーターはルナー軍の占領によって経済的好況を享受しているはずである。一方で、急激な経済的発展が富の偏在を広げることはいつの時代も変わりがない。
  5.   月の神々の金属である銀が、オーランスのおわすストーム山脈で採れるのは皮肉な感じもする。
     銀の採掘量に比して、赤の女神の顕現以前の月の神々の地位は低いままであったと思われるが、これは月の神々が大暗黒期にほとんど殺し尽くされてしまったことを示唆するのであろうか?。
     あるいは、地球での金がつねに銀との自然合金である琥珀金として採取されること、太陽の神々の遺骨であるはずの金がほとんど取れないことから考えて、太陽の神々でも程度が低くなるにつれて骨に含まれる銀の比率が高まり、もっとも位の低い太陽の神々の遺骨が銀として採掘されているのかもしれない。

  6.   地球の錬金術師が水銀にこだわったのは、四大元素の一つである土が、水銀(可溶性)、灰(不変性)、硫黄(可燃性)から成っていると考えたためである。グローランサにおける水銀は水に属すると考えられているが、金属全般が基本的に土/大地に基づくとは見なされているのだろうか?

  7.   この視点は重要である。我々がグローランサのさまざまな背景を想定する際には、既存の背景、とりわけ神々を最重視するする必要があろう。
     例えば、セシュネラの穀物の女神、セシュナは蛇の化身として描かれるが、そこからセシュネラでは蛇が益獣となっていると考えられる。蛇が益獣となっているのは、セシュネラにネズミが多いのであろう。ネズミが多いのはセシュネラの土地が低地を成していて水はけが悪いためと考えられる。したがって、セシュネラでは水害が多く、風土病もあるだろう。また、ナイル・デルタや北伊のポー平原のように、稲を栽培しているかもしれない。

  8.   この「砂銅」は砂金と違って酸化するので、アルドリアミの銅製品は質が悪いと思われる。
     私は、何らかの検知魔術で銅鉱床を探し、露天掘りしているのではないかと思う。

  9.   一例をあげると、ガラスの組成中に酸化鉛を含ませるとクリスタルガラスをつくることができる。クリスタルガラスは光の屈折率が大きいので、クリスタル食器だけでなく、レンズにも使われる。