ダレイオス帝の徴税
The List of Tributes for Darius
Herodotus, Histories 3.90-94

徴税区
Districts
徴税額
Tributes
民族
Tribes
  属州ペルシア
Persia
tax free Persians
I 属州ギリシア
Yaunâ (Ionia and Caria)
silver 400 talents(1) ( 13,447kg ) Lycians, Magnesians, Ionians, Aeolians, Milyans(2), Carians
II 属州サルディス
Sardes (Lydia)
silver 500 talents ( 16,809kg ) Lydians, Mysians, Lasonians(3), Cabalians(3), Hytennians(4)
III 属州カッパドキア
Cappadocia
silver 360 talents ( 12,103kg ) Paphlagonians, Hellespontines, Asian Thracians, Mariandynians(5), Syrians(6), Phrygians
IV (キリキア)
(Cilicia)
silver(7) 500 talents ( 16,809kg ) Cilicians
white horses(8) 360  
V 属州シリア
Beyond the river(9) (Syria and Palestina)
silver 350 talents ( 11,766kg ) Phoenicia; Palestina; Cyprus
VI 属州エジプト
Egypt
silver(10) 700 talents ( 23,533kg ) Egypt, Libya, Cyrene, Barca
grain(11) 120,000 medimnos ( 9,006kl )
VII 属州ガンダーラおよび属州サッタギュディア
Gandara, Sattagydia (Thatta)
silver 170 talents ( 5,715kg ) Gandarians(12), Dadicae(12), Aparytae(12), Sattagydians(12)
VIII 属州エラム
Elam
silver 300 talents ( 10,085kg ) Susa(13) and the Cissians
IX 属州バビロニアおよび属州アッシリア
Babylon, Assyria
silver 1,000 talents ( 33,618kg ) Babylon(14) and Assyria
castrated boys 500  
X 属州メディア
Media
silver 450 talents ( 15,128kg ) Ecbatana, Media, Paricanians(15), Orthocorybantians(16)
XI 属州ヒュルカニア
Hyrcania
silver 200 talents ( 6,724kg ) Caspians(17), Pausicae(17), Pantimathi(17), Daritae(17)
XII 属州バクトリア
Bactria
silver 360 talents ( 12,103kg ) Bactrians(18)
XIII 属州アルメニア
Armenia
silver 400 talents ( 13,447kg ) the Armenians and 'their neighbors as far as the Black Sea', Pactyica(19)
XIV 属州マカおよび属州ドランギアナ
Maka (Oman), Drangiana (Sistan)
silver 600 talents ( 20,171kg ) Sagartians(20), Sarangians(20), Thamanaeans(20), Utians(20), Myci(21), those deported to the Persian Gulf(22)
XV 属州サカイ
Sacae
silver 250 talents ( 8,405kg ) Sacae(23) and Caspians(24)
XVI 属州パルティア、属州アーリア、属州コラズミ、属州ソグディアナ
Parthia, Aria, Chorasmia, Sogdiana
silver 300 talents ( 10,085kg ) Parthians, Arians, Chorasmians, Sogdians
XVII 属州ゲドロシア
Gedrosia
silver 400 talents ( 13,447kg ) Paricanians(25), Asiatic Ethiopians(25)
XVIII (アゼルバイジャン)
(Azerbaijan)
silver 200 talents ( 6,724kg ) Saspires(26), Alarodians(26), Matienians(27)
XIX (西トルキスタン)
(Western Turkistan)
silver 300 talents ( 10,085kg ) Moschi(28), Tibareni(28), Macrones(28), Mosynoeci, Mares(28)
XX 属州インド
India
gold dust 360 E. talents ( 9,310kg ) Indians(29)
  合計(30)
Sum
silver 14,560 E. talents ( 376,522kg )  
white horses 360  
grain 120,000 medimnos ( 9,006kl )
castrated boys 500  
 
朝貢国
Tributers
献上品
Gifts
民族
Tribes
  属州ヌビア [隔年]
Nubia [per 2 years]
gold dust 2 choinici(31) ( 2,200ml ) Ethiopians
ebony 200  
Ethiopian boys(32) 5  
large ivories 20  
  (コーカサス) [5年ごと]
(Caucasia) [per 5 years]
boys(33) 200   Colchians and the tribes of the Caucasus
girls(33) 200  
  属州アラビア
Arabia
frankincense 1,000 talents ( 30,170kg ) Arabs


 本表は、ヘロドトスの『歴史』、第三巻 90-94節に記された、ダレイオス帝のもとに集められる税および朝貢品の一覧である。
 ここで言う徴税区(ノモス)と別のところで論じられている行政区(サトラペイア)とがまったく同一のものであるか否かは議論が分かれるところだが、ヘロドトスが両者を同一視していたことは確かなようである。ちなみに、ヘロドトスの挙げるペルシア帝国内の国名とベヒストゥーン碑文であらわれる国名はかなり異なっている(参考:Livius - articles on ancient Persia: Satraps and satrapies)。
 ヘロドトスは徴税区を、各徴税区構成の中核となる民族で示し、それ以外は便宜的にいずれかの区に割り当てる、という書き方をしている。そこで本表は、地名にベヒストゥーン碑文であらわれる国名で記し、民族名は付記にとどめた。また、ベヒストゥーン碑文であらわれる国名に該当しない地域は、( )付で現代の地名を充てた。マカなど、あまりなじみのない国名についても、( )付で現代の地名を付記している。

  1.   重量単位タレントンについては、89節において「銀で納税するものは重量単位としてバビロン・タレントンを用い、金で納めるものはエウボイア・タラントンを用うべきことが規定されていた。バビロン・タラントンはエウボイア式では70ムナに当る」とある。エウボイア・タラントンは60ムナであるのだが、95節に記される税総額からは78ムナという値が求められる。
    本表では後者の説を採り、ムナ mna が 431g とされているので、エウボイア・タラントンを25.86kg、バビロン・タラントンを33.618kgとして計算している。

  2.   ミリュアスは、リュキア東北部の地域。

  3.   ラソニオイ人とカバリオイ人は、七巻77節では同一民族とされている(ただしカペレエス人とあり)。リュキアの北方にいたものらしい。

  4.   ヒュテンネエス人は、ピシディア地方の町ヒュナンテの住民。

  5.   マリアンデュノイ人は、ビテュニアとパプラゴニア両地方の中間に住んでいた民族。

  6.   「シリア人」は、シリアではなくカッパドキアの住民を指す。

  7.   この内140タラントンはキリキア地方を防衛する騎兵部隊の費用に宛てられた。

  8.   この白馬は一日に一頭の割で納められた。

  9.   無論ペルシア側から見ての呼称であり、川はユーフラテス川を指す。

  10.   「この額にはモイリス湖における漁業から上る収入は含まれない」、とのことである。件の漁業収入は二巻149節に述べられており、「[湖水がナイルへ]流出する時の六ヶ月間は、漁獲による収益銀一タラントンが毎日国庫を潤し、流入する場合はそれが二十ムナになる」とある。つまり、年間(360日間)で184バビロン・タラントン強(1 talent = 78 mnas) の収入が上ることになる。

  11.   この穀物はメンピスの「白城」に駐屯するペルシア部隊とその予備隊のために宛てられた。
    メディムノスは、17世紀キプロスでは75.54リットルであった(参考:World Weights and Measures, Past and Present: medimnos)。本表もこれに従っている。

  12.   サッタギュダイ人、ガンダラ人、ダディカイ人、アパリュタイ人はいずれも、ヒンドゥクデュ山系以南の住民と見られるが、ガンダラ以外のものについては詳らかでない。

  13.   スサはキッシア地方の主邑である。

  14.   ヘロドトスではバビロンはアッシリアに含まれる。

  15.   パリカニオイ人は、一巻101節のパリタケニオイ人 Paritacanians の誤記ではないかと疑う人もある。「メディア民族の中には、ブサイ、パレタケノイ、ストルカテス、アリザントイ、ブディオイ、マゴイなどの部族がある」。

  16.   オルトコリュバンティオイ人は、ナクシ・ルスタム碑文 Naq?-i-Rustam にあらわれる「とんがり帽のサカ族 Sacae with pointed caps」を指すのではないかと疑う人もある。

  17.   カスピオイ人、パウシカイ人、パンティマトイ人、ダレイタイ人は、いずれも詳らかではないが、カスピ海東岸および南岸の、いわゆるヒュルカニア地方に居住していたものと推定される。

  18.   バクトリアはオクソス河上流の地域で、主邑はバクトラ。ペルシアの東方計略の重要な拠点である。

  19.   パクテュイケ地方は三巻102節、四巻44節にも見え、これらはインダス河西方の地名で、七巻67節のパクテュニス人というのがその住民名と考えられる。しかしこれはアルメニアとはあまりにも距離が隔たりすぎているので、種々の解釈が行われているが、結論は出し難い。

  20.   サガルティオイ人、サランガイ人、タマナイオイ人、ウティオイ人は、いずれもイラン高原西部にいた比較的民度の低い遊牧民であったと思われる。

  21.   ミュコイ人は、これに先立つ四部族と同様の遊牧民であったと見る説と、これに続くペルシア湾内の島嶼に強制移住された人々との関連からマカ地方(今日のオマーン)を指すものと見る説がある。私見を述べれば、税額の多さから後者の方が信憑性があると思う。

  22.   「強制移住民(アナスパストイ anasphastoi)」は、普通被征服民族がその故国から強制的に他へ移住を命ぜられる場合に用いられる言葉であるが、ここでは流刑になった政治犯のようなものを指すのかもしれない。

  23.   サカイ人は、バクトリアの北東、今日のキルギス地方にいたスキタイ系の遊牧民。

  24.   このカスピオイ人は、第11徴税区の同名の民族とは別で、サカイ人の南方、低パンジャブ地方の住民と見られる。

  25.   パリカニオイ人、アジアのエチオピア人は、いずれも今日のベルチスタン地方にいたものらしい。後者については、エチオピア人を東と西に分類することはすでにホメロスに見え、アフリカ大陸が東に湾曲してインド洋を包み込むという地理観に由来する。七巻70節にも記述があるが、「東方のエチオピア人はインド人部隊に配置されており、言語と頭髪の二点以外は他方のエチオピア人と外貌は何等異なるところがなかった。東エチオピア人の方は頭髪が真直ぐであるが、リビアのエチオピア人は世界の民族中もっとも縮れた髪をもっているからである」とある。

  26.   サスペイレス人、アラロデオイ人は、メディアとコルキス(コーカサス)の中間にいた住民。

  27.   マティエノイ人は、一巻72節にもあらわれ、「この河(ハリュス河)はアルメニアの山中に発してキリキアを貫流し、ついでマティエノイ族の国を右に、他方にプリュギアを見ながら流れ」とある。

  28.   ティバレノイ人、マクロネス人、モッシュノイコイ人、マレス人は、大体黒海の東南岸一帯(パシス河からテルモドン河にかけて)に住んでいた。モスコイ人のみはやや南方奥地寄りに位置していた。

  29.   インダス河以東の住民をすべてインド人と称しているようである。

  30.   税総額は95節においてヘロドトス自身が求めている。
    「[20 の徴税区から集められる銀を]エウボイア・タラントンに換算すれば9,540タラントンととなり、金を銀の13倍として換算すれば、砂金の額は4,680エウボイア・タラントンとなる。これらをすべて合計すれば、毎年ダレイオスの許に納められる税総額は、エウボイア・タラントンに換算して 14,560 タラントンであった」。

  31.   コイニクスは升目である(1.1リットル)から、この金は砂金と考えられる。

  32.   エチオピアの黒人奴隷は、遅くともアッバース朝の時代以降、各イスラム諸王朝においてハレムを守る宦官として重宝された。(彼らの基準では、)その醜さが妃たちに余計な情欲を抱かせないことを期待されたからである。

  33.   コーカサス地方は、遅くともマムルーク朝の時代には、美人の産地として知られていた。