かつて、ノースポイント一帯はヒースの茂る荒野であり、貧しい豚飼いと、同じく貧しい漁師だけが暮らす土地であった。
8世紀中頃、フロネラに進出してきた神知者たちは、フロネラの入り口であるオズール湾の南北に拠点(ポイント)を建設した。彼らはオズール湾中の小島で、砂嘴によって陸地と連なっているところが防御に適していると思い、そこに都市を建設した。これが現在は軍港として使われているオールドポイントである。
この小島には水脈が無かったので、神知者は偉大な水道橋を建て、これで北にあるヒングスウェル丘陵から水を運んだ。
神知者帝国下のロスカルム王国では、王国の行政府が置かれたノースポイントの周囲には、本国からの移民や職を求めて集まった地元民が住み着くようになった。彼らは砂嘴の根元に勝手に木造の家を建てて街を形成した。
また、支配領域を拡大したロスカルム王国は、北ロスカルムの支配を強化するためにノースポイントを起点に3本の街道を敷設した。ソッグ街道、ヒングスウェル街道(さらにイーズまで街道が延ばされる)、森林街道である。これらの街道は今でも使われており、ノースポイントの3つの城門がそれぞれの起点となっている。サウスポイントもまた同様の理由により諸街道の起点となっており、ノースポイントからこのサウスポイントにはボートで一日で達することができる。
10世紀中頃、「大閉鎖」がフロネラにも押し寄せ、本国との連絡を立たれたロスカルム王国ではにわかに緊迫が増した。ロスカルム王国に残された神知者たちはノースポイントに逃れてきて、彼らの技術を結集して大きな要塞都市を建造した。これが現在のノースポイントである。
深い堀と胸牆を備えた高い城壁をもつノースポイントは確かに難攻不落であったが、反乱軍に同調したソッグに制海権を抑えられ、兵糧攻めによって講和を余儀なくされた。反乱軍は、難攻不落の要塞都市にして、交通の要衝であったノースポイントを当然のように新ロスカルム王国の首都に定めた。(これ以前、反乱軍の拠点はヴァルスブルグにあって、ここでソッグの支援を受けていた。)
ノースポイントは、神知者が建てた水道橋、城壁、大学を除いてすべての建造物が木造である。これは、神知者とともにやわらかい砂地に重い石造建築物を建てる技術が失われたためであるが、冬の森を間近に控え、良質の木材を容易に得られるノースポイント市民はそのことで別段困ってはいない。王の宮殿といえど、よい香りのする杉で建てられている。
だが、このために火災に弱く、神知者時代の建物は前述の石造建築物以外には残っていない。国宝や重要な文書はすべて大学に保管されている。
民家は一般に木造の2階建てであり、通りに面した反対側に庭を設けている。各家庭のご婦人はこの庭で菜園を営み、鶏や鴨を飼っている。(市民が市内で獣を飼うことは禁じられている。)
商店は、運河に面してファザードを設けており、運河から見ると4階建て以上の商店が立ち並んでいるように見える。だがこれは幅がトイレほどしかなく、物置としてくらいしか使い道が無い。各商店が自分の店を立派に見せようとした結果である。
神知者が新市街を建造したとき、水道橋に支線を継ぎ足して、新市街に水を引き入れた。この水は城壁の内側に設けられた上水道を巡っており、城壁沿いに一街区置きにこの水を汲むための泉亭が設けられている。
一方、下水は各家庭で通りに垂れ流しており、通りの真ん中に掘られた溝を通って運河に流れ込んでいる。おかげで都市は全体的に異様なにおいがたち込めており、運河も濁っている。だが、ノースポイントで生まれ育った者はこのにおいを気にしないし、地方から来た者はこれが都市のにおいであると実感する。ただし、雨が降ると通りに下水があふれることがあり、これには誰もが閉口する。
城壁に面した家庭では、城壁に杭を打ち込んで、自分の家との間に洗濯紐を渡らせている。杭は高さ2mくらいのところに打たれ、干すときは2階へとつなぐが、2階のほうが高いので簡単に洗濯物を展開できる。通行人は濡れた洗濯物に顔をなでられたくないので、晴れた日は城壁沿いの道を避ける。雨の日は下水を避けて、城壁沿いの道を選ぶ。
神知者の建てた城壁は高さが10m、幅が3mある。ところどころ突き出た胸牆のおかげで、どの方向から攻撃されても反撃することができる。運河の入り口には、運河を閉鎖する鎖を巻き上げるための塔があり、これは灯台にもなっている。
城壁の西の海に面した方には風車が立ち並んでおり、これによって冷たいネレオミ海からの風を弱めている。また、この下には製粉業者が住んでいて、運河で内陸からもたらされた小麦を水揚げし、この水車で製粉している。
城壁には城門が3つあり、西から森林門、ヒングスウェル門、ソッグ門という。それぞれ、森林街道、ヒングスウェル街道、ソッグ街道の起点となっている。
城壁の外側には深い堀が掘られていたが、今では砂が入ってしまって深さは50cmほどである。今は睡蓮が繁茂しており、夏にはノースポイントを白く飾る。門の外は上げ橋になっていて、これで堀を渡る。
水道橋は高さ5m、幅が3mである。偉大な建造物であり、1621年に馬上の死神卿がノースポイントを包囲した際、ノースポイントの水脈を絶とうとこれの破壊を試みて果たせなかった。また、1619年に属州イースヴァルが馬上の死神卿によってタストラル族の手に渡ったとき、彼らの侵入を阻むべくロスカルム軍は水道橋の足元に高さ2mほどの石垣を設け、これによって属州ノランズおよび属州アグリアは属州タワルズほどの被害は受けずにすんだ。ヒングスウェル街道はこの水道橋沿いに走っており、旅人はこれに寄りかかって休息することができる。
ノースポイントの中央にはかつて神知者が建てた大学が威容を誇っている。これはノースポイント大学(Universitas Northpointi)と呼ばれているが、同時にフレストル派の大聖堂でもある。
この大学を中心に学生街が広がっている。学生街には地方から来た学生を住まわせるための下宿で構成されているが、学生街特有の自由な雰囲気に惹かれて、ノースポイント生まれの学生もここに住んでいる。
この地区には書店、食堂、そして非公式の売春宿も多い。(学生は女を買うときに、説教と施しを行い、見返りに暖かい報酬を得ている。)
大学のある地区から運河をはさんで南には、王宮がある。王宮は前述の通り木造であり、宮殿に面して閲兵場があり、外国の大使はここで歓迎式典を受ける。この宮殿には王とその家族が住み、議会も開かれる。
ロスカルム王国では、有識の騎士80人(各属州10人)が集まって週に一度議会を開き、ここで法の立案や修正を検討している。彼らの任期は1年であり、その間、この王宮を中心とした地区に住んでいる。
議会から上申された法案は王が承認して発効するが、このとき王に助言を与えるのが諮問機関であり、実際にはほとんどの問題をこの諮問機関が処理している。諮問機関は宰相を中心に「長老」たちで結成されている。任期は終身だが、彼らが死ぬことはほとんどなく、疲れた者が辞任するだけである。この諮問は議会の翌日の午前中に宰相府で開かれる。宰相府は王宮からやや離れたところにあって、こここそがロスカルムの中心となっていると嘆く者もいるが、それは当たっている。
その他、この地区には中央官僚たちが住んでおり、豪華な建物が多い。衛兵がつねに巡回しており、都市内の都市という趣がある。
大学のある地区から運河をはさんで西には、製粉業者が立ち並び、パン屋街と呼ばれる。前述したように、この運河に直接内陸の小麦を運んだ船が横付けし、水揚げされた小麦は城壁上に立てられた風車で製粉される。
大学のある地区から運河をはさんで東には、商館が立ち並び、商屋街と呼ばれる。この運河に直接各国の特産品を運んだ船が横付けし、特産品が商館に運ばれる。年に一度の「ポイント・リンネル品評会」はこの地区で開かれる。
森林門の内側には魚市場が開かれている。この市場には、森林門の外にある漁師街で水揚げされた新鮮な魚が商われている。
ヒングスウェル門の内側には肉市場が開かれている。内陸で飼われていた豚などは、いったんこの門の外にある牧夫街で屠殺されて、この市場で商われる。
森林門の外側には漁師街が広がっている。この街にある桟橋は意外と立派だが、これはここの漁師たちが遠洋漁業するためである。彼らがもたらすのはニシンやタラなど、北の魚である。彼らはノースポイント市民と変わらぬよい暮らしをしており、敬意を受けている。
ヒングスウェル門の外側には牧夫街が広がっている。もともと、内陸の牧夫が自分たちの産物を持ち寄ってきて商うための場所だったが、ノースポイントが新ロスカルム王国の首都となって、潔癖症の新支配者が市内で獣を飼うことを禁じて以来、ノースポイントの屠殺場となった。そして、皮革業者や染色業者など、悪臭を放つ業種がこの地域に集められた。さらに、金の無い者たちがここに住むようになり、すっかりノースポイントのスラム街となっている。それぞれの業者の親方はかなりの資産を持っているが、ノースポイント市民はこの地区に住む者を市民と見なしていない。
ソッグ門の外側には宿屋街が広がっている。フロネラではジャニューブ川を用いた交通が一般的であるが、騎乗者や荷車を使う者は陸路を行き、彼らはここからヴァルスブルグを経てソッグに至る。(ダリス湿地ははしけを使って避ける。)ここの宿は市内ほど高くなく、サービスが同等なので人気がある。
だが、1619年、水道橋に沿って石垣を設けた際、これの外側に位置していた宿屋街は軍によって破壊された。現在彼らは仕方なく牧夫街に住んでいる。
かつての神知者の拠点であるオールドポイントは、今では海軍の基地となっている。
内部には環状に運河が掘られ、真ん中の島と、外側にそれぞれドックがあり、約100隻の船舶を収容できる。
軍艦だけでなく、民間の船もここで建造されており、民間への船舶供与を管理する事務局もある。民間に卸される船は故意に性能を落としてあるが、それでもロスカルムのロングシップは外洋航海に比類ない性能を誇っており、注文が後を絶たない。
この島を囲う城壁は、新市街を囲む城壁と同様立派なものであるが、城門は閉ざされたままであり、ここへは船でしか行き来できない。
市内に掘られた運河は5mの深さがあり、かつての神知者の大型船さえも入ることができる。幸いにも、つねに下水が流れ込んでいるおかげで砂がたまることが無い。
運河には橋が架かっておらず、人々はゴンドラで運河を渡る。
海に面しては砂浜があり、晩春には潮干狩りを楽しむことができる。この時代、海水浴を楽しもうという酔狂な者はいない。
市内では獣を飼うことが禁じられているが、室内で犬を飼うことが富豪の間で密かに流行している。こうした室内犬はしばしば、貧民よりもよい食事をしており、悪徳の象徴として糾弾されている。
残念ながら、鶏を飼う家が多いので、猫を飼う家は無い。
庶民の間では、合法である鳩を飼うことが一般的である。鳩を使ったレースは市民に人気のあるゲームである。
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