ジェナーテラの河川
Rivers on Genertela
 

 山脈から幾筋もの水系を集めて流れる大河は大量のミネラルを含んで、河口に肥沃な沖積平野を形成する。また、殻で木造船に穴をあけて被害を与えるフナクイムシは淡水に耐えることができず、フナクイムシを避けるために近代以前の港は河川を少し遡ったところに築かれる(1) 。このような港町は肥沃な後背地に人口を支えられ、内陸の物資と海外の物資を集めて巨大な国際都市に発展するケースが多い。

 ジェナーテラ一の大河、オスリル川は河口に広大な雷鳴湿原を形成するほど含有土砂が多く、このミネラルは地味に乏しいペローリアの土壌を補って余りあり、ダラ・ハッパの集約農業を可能にしている。おそらく川の色は茶色く濁っている。上ペローリアの高原地帯から白海までは 1,000km ほどあり、この間に高低差はほとんど見られず、また多くの河水が周囲の水田に引き込まれているため、川の流れは非常に緩やかである。オスリル川がまっすぐに流れているのは、ペローリアの大地が高度がある安定陸塊であるためで、これを削り取って周囲には河谷が形成されている(2) 。春には雪解け水によって増水する。
 オスリル川には、ナイル川のような定期的で穏やかな洪水がある、とする説がある。ナイル川の洪水は奇跡のようなもので、さまざまな要因があってはじめて成立するものであるが、逆に考えるとダラ・ハッパのような平原に人類最初の文明の一つが成立したというのは、このような恩恵があってはじめて説明しうるのかもしれない。仮に、オスリル川に定期的で穏やかな洪水が起こるとするならば、まずオスリル川の水源では定期的に世界最大級の雨量が見られるはずである。この水源が徐々に溶け出す雪解け水であることは考えられないので、オスリル川は岩叢嶺山脈 [Rockwood Mts.] の縁を回って南側斜面に流れる夏の雨水を集めているのだろう。この斜面に流れる雨水はオスリル川に集められるので、この斜面の麓にあるエスロリアでは、ライコス川流域を除いて水不足に悩むことになるだろう。そして、オスリル川の上流には洪水の位置エネルギーを減殺させる瀑布がいくつかあるはずである。とりわけ、ナイル川ではエレファンティネの南にある第一瀑布はエジプトとスーダンの文明を分ける一因となってる高低差があるが、ジラーロをエレファンティネと見なせば、そのみなみに大瀑布があるのかもしれない。「娘の道」の存在を考慮するなら、フィリチェットに至るまでこのような瀑布がいくつかあって、船の航行を妨げているのだろう。また、第一瀑布以南の流域ではしばしば水害に悩まされるはずであり、第一瀑布以北の流域では風土病がはびこっているだろう(流域住民は抗体を持っているので問題ないが、外国人はしばしばこの病で死に至る)。

 ジョード山脈を分水嶺として、ペローリアの東部に降る雨はアルコス [Arcos] 川に流れ込む([ジェナーテラ・ブック」ではこの川はポラリストール川の一部となっていた)。川筋を見る限り、多くの蛇行が見られ、流域は沖積平野を形成していると思われる。雪解け水が流れ出す頃にはしばしば洪水が起こるのだろう。オラーヤの州都であるパルバールまでは大型船舶が出入りするだけの水深があると思われる。ペントとペローリアの境を成す赤の平原にはこの川のほかにまとまった水源がなく、遊牧民は交易のため、あるいは馬に草を食ませるためにこの川の近くまでやってくることが多いであろうが、ルナー当局はトラブルを避けるために川沿いにローマのリーメスのような防御ラインを敷き、パルバールに水軍を置いて、流域沿いにすぐに軍隊を展開できるようにしているかもしれない。この川もやはり濁っているが、赤の平原の砂礫を含んで、赤く濁っているかもしれない。流域の地味は肥えているはずである。

 白海の名は流氷よりも、オスリル川の土砂によって白く濁っていることからこの名があるのかもしれない。見る限り、白海は岩叢嶺山脈より北の雨水をすべて集め、また外海に接していないからである。同じ理由から、少なくとも雷鳴湿原付近に関しては、白海は淡水であるか、塩分濃度が非常に薄いと思われる。白海から流れるポラリストール川の達する先が淡水海であることもこのことを示唆している。白海が海水面より水準が高いのはまず間違いない。

 白海から淡水海へ流れ込むポラリストール川は、オスリル・アルコスの両河の水を集めて濁っており、地味に肥えていると思われる。やはり真っ直ぐな河川で、流域には河谷を形成していると思われる。増水は白海が吸収してくれるので、水害はほとんどないだろう。

 フロネラとペローリアの境を成す淡水海からはジャニューブ川が流れている。ジャニューブ川は淡水海から流れ出すあたりでは青いが、ニーダン山脈からの支流を集めるごとに濁りを増し、この土砂がダリス湿地を形成している。残念ながらダリス湿地は混沌の棲みかとなっているが、この豊かな土壌はアロリアン地方の諸都市を育んでいる。ロスカルム王国の国土は半島であり、ジャニューブ川の恩恵を被っていない。オズール湾は、おそらく大暗黒期に氷河となったジャニューブ川によって形成されたフィヨルドかもしれない。ジャニューブ川も非常にまっすぐ流れており、やはり流域に河谷を形成している。春には雪解け水によって増水する。

 フェルスター湖から流れ出るタニアー川は、おそらく最も流域量が多い河川である。下流であるセシュネラ王国ではこの川は蛇行したり湿地を作ったりしている。これは下流地域の高度が非常に低いためであるが、これはこの下流地域がタニアー川によって形成された沖積平野であることを示している(3) 。フェルスター湖とソダル湿地の位置関係から、フェルスター湖を縁取るように高地が形成され、自然のダムになっていると思われる(4) 。雪解け水が上タニアー川などから流れてきたとき、フェルスター湖はあふれ、瀑布となってソダル湿地に流れ込み、ソダル湿地は湖となり、周囲一帯は水害に見舞われる、ということが毎年起こっていただろう。だが、セイフェルスター地方は文明の発展した土地であり、水門を設けるなどしてこの災害を免れているに違いない。しかし同時に、これによってセシュネラを世界一肥沃な土地にするミネラルはフェルスター湖に沈殿してしまっている。また、水門によって雪解け水による定期的な洪水は免れるかもしれないが、大雨などによってセシュネラではたびたび洪水が起きているだろう(5)

 マニリアでは、ミスラリ山脈が海に迫っており、また造山活動によって地形が起伏に富むため、いずれに河川も急流で、河川交通に向かない。ただし、水源をアーストラの森やダゴーリ・インカースに持っているため、水量は年間通じて安定しており、農業用水に適している。クリーク・ストリーム川に限り、アップランド湿原より下流は流れが緩やかであり、ダックポイントあたりまでは船で遡上できる、と思われる(6)

 プラックスを貫流するゾーラ・フェル川は水源を秘の緑園に持っているため、水量は年間通じて安定しており、農業用水に適している。勢いはそこそこあるが、遡上を妨げることはない。ここでも河水が陸塊を削って河谷を形成している。河口にはデルタが形成されている。このようにゾーラ・フェル川は良い河川の条件を整えているが、この気温の高い地域では水分が反って人間の進出を妨げることになる。河川や海水の蒸発によって局地的に高温多湿な気候が形成されるが、これが伝染病を媒介する蚊やハエを大量発生させる。この地に住んでいる者たちはみなこういう風土病に対する耐性を備えているが、外部、とくにペローリアから来た者などは高い確率で罹患する。また、コーフルーの港が出来てからは、南方の未知の伝染病が持ち込まれ、原住民も病気に悩まされるようになったであろう。ただし、このような局地的な熱帯は、熱帯のみに産する産物を生産するのに適しており、商業的な利点は大きい。おそらく、ルナー帝国支配下の河谷地帯では、プランテーションを経営するために奴隷が大量に連れてこられ、これが熱病でばたばたと倒れる、というインディアスの再現が行われているのだろう。(7)
 隣接するケタエラではこのようなことは聞かれないが、これはケタエラの陸塊が海抜からかなり高く、高原性の気候であるため、と思われる。したがって、ペンネル市を洗うマルシン川は河口付近で瀑布になっているだろうし、影の平原に沿って流れるライソス川の流域にはほとんど人は住んでいないだろう。ノチェットやカーシーの大港は、港湾部と高台の上の居住区に街が二分されていると思われる。もっとも、ケタエラも古い文明を有する地域であるから、単に魔術によるものなのかもしれない。


  1.   このような港にはリスボン、セヴィリア、ルーアン、ロンドン、ハンブルクなどがある。大河のない地域では後背に丘があって、湾入部が深くうまく風が避けられる土地が好まれる。カルタゴ、ジェノヴァ、コンスタンティノープル、ケープタウン、長崎などがそうである。このような港では後背地が狭いのでふつう大都市には発展しない。コンスタンティノープルの人口の維持には為政者たちの多大な努力が払われた。それが怠った1453年の陥落直前のこの街には人口が 10,000人に達しなかった。

  2.   地球ではアフリカ大陸やインド亜大陸、南米大陸東岸が安定陸塊から成っており、沿岸部でも海抜が 200m くらいある。ここを流れる、例えばナイル川などはこの陸塊を削り取って長い河谷地帯を形成している。

  3.   ライン川下流域がそうであり、「低地地帯」を意味する Netherlands はオランダの国名となった。

  4.   あるいは人工のダムによってフェルスター湖は形成されたのかもしれない。

  5.   オスリル川は黄河のようにたびたび氾濫を起こすか? という問いに対する答えは、グローランサでは神話によらない環境の変化には乏しい、ということであった。だが、西方では神話が希薄であるため自然による環境変化が起きやすいかもしれない。あるいは、タニアーの神が単に根性が悪いかもしれない。個人的には、このような蛇行した河川で洪水が起こらない方が、何らかの意図を感じる。

  6.   実際、狭義の「ドラゴン・パス」はこの地点とオスリル川を結ぶ直線コース上にある。

  7.   地球ではペルシア湾沿岸がこのような感じである。アッバース朝時代、デルタではサトウキビのプランテーションで黒人奴隷が働かされていた。