貨幣制度
Coinage
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BLUEMAGI/TradeinGlorantha.pdf

 ジェナーテラには4種類の貨幣制度が並存している。すなわち、イサリーズのもの、エティーリーズのもの、西方のもの、ロカーノウスのものである(1)。各交易寺院は、ロカーノウスを嚆矢として、交易を簡便ならしめるためにそれぞれ貨幣制度を考案した。地球の通貨と異なり、グローランサの通貨はふつうそれぞれの交易寺院で鋳造され(2)、人々は長距離交易のための交換媒体として[のみ貨幣を]用いている(3)。こうした貨幣の使用状況はジェナーテラの貨幣流通システムの安定に貢献している。

 ロカーノウスによって考案された金輪貨はグローランサで最も古い実体貨幣であり(4)、太陽信仰が支配的な地域では金輪貨のみが公式の交換媒体となっている(ロカーノウスの司祭は17世紀のヨーロッパ人のように信用状や紙幣を紙切れと見なしている)。金輪貨はわりと大きな金貨で、貨幣をロカーノウスの荷車の車輪に見立てて表面に車轂、車輻、外輪を描いている。金輪貨はクラロレラやテシュノスで使われている唯一の貨幣であり(5)、ペローリアでもエティーリーズの発行する貨幣と並んで広く出回っている。

 金輪貨をより柔軟な交換媒体にするために、ロカーノウスの商人をはじめ、一般に、金輪貨から[中央の]車轂部とその他を分け、さらに車轂から出ている10本の車輻に沿ってカットした楔形の欠片にしている(これには外輪部の欠片も付随する)。それぞれの車輻はギルダー銀貨ないしルナー銀貨と等価であり、車轂部は車輻10本分と等価である。

 [ロカーノウスより]新しい神であるイサリーズはロカーノウスの発明に[金輪貨に限らず]それ自身として持つ可能性を見出した。彼はその魅力的な仕草と黄金の舌でもって、さまざまなエレメンタルの神々に自分が貨幣をつくる上で銅、銀、金を使うことを承認してもらおうと努めた。彼はロカーノウスに独自の金貨を作ることさえ認めさせてしまった。彼はこの金貨を金輪貨と等しい重さ、等しい合金比率で、文様だけ変えるつもりでいた。今日でも、ロカーノウスの商人は他の貨幣制度の金貨が[金輪貨と]等価であることを許容している。曙の時代の第一評議会のゼイヤラン人使節団は西方に赴く際、イサリーズの貨幣制度も[西方に]持ち込むことになった。今日にいたるまで、西方の一神教徒たちはイサリーズの貨幣制度をそれぞれの土地にあわせて使いつづけている。エティーリーズのカルトはルナー帝国とともに興ったが、このとき彼らはイサリーズの貨幣制度を受け入れながらも、その文様を変えることで、変化と安定の均衡というルナーの道を[この独自の貨幣制度にも]当てはめている。

 もっとも小額の貨幣はクラックと呼ばれる小さい銅貨で、片方にはコミュニケーション(あるいはイサリーズ)のルーン、もう片方には調和のルーンが描かれている。エティーリーズの[銅貨]もクラックと呼ばれるが、コミュニケーションのルーンの代わりにルナーのルーンが描かれている(すべてのエティーリーズの貨幣には片面にルナーのルーンが描かれているが、これは西方の慣習の借用である)。西方の[銅貨]はコッパーと呼ばれていて、片面には法のルーンが描かれ(他の貨幣も同様)、もう片方にはその地方の権力者の意匠(ふつう貴族の紋章か、市の紋章)が描かれている。

 次に額面の大きな銅貨はツリーと呼ばれるもので、5クラックの価値がある。これには片面に大地のルーン、もう片面にはその貨幣が鋳造された土地で一般的な樹木の図柄が描かれている。エティーリーズのものはキャッスルと呼ばれており、片面にはルナーのルーン、もう片面には青の城の様式化された図が描かれている。西方のものは、フロネラではとくに流通しているが、片面に城を描いており、キャッスルと呼ばれている。ここでもエティーリーズは西方からの借用をしており、おそらくこれはカルマニアの貨幣図案であったと思われる。

 額面の小さい方の銀貨はギルダーと呼ばれていて、10クラックの価値がある。片面にはふつう、その貨幣が鋳造された時代のその地域の上位の貴族が描かれる。もう片面にはふつう、その貨幣を鋳造した銀細工師ギルドの紋章が描かれる。エティーリーズのものはルナーと呼ばれており、片面には第一次混沌会戦における女神の勝利が描かれている。西方のものはペニーと呼ばれていて、ふつう片面にはそれを打鋳させた政治的権力者の意匠が描かれている。

 額面の大きい方の銀貨はストームと呼ばれていて、100クラックの価値がある。片面にはイサリーズのルーンが描かれ、もう片面には嵐のルーンが描かれている。ライトブリンガーの伝説を信じない人々は、嵐のルーンを削ってからこの貨幣を使おうとする(6)。エティーリーズのものはドーターと呼ばれており、ふつう片面には赤の女神の娘たちのうちの一人が描かれている。西方のものはソヴリンと呼ばれており、ふつうその地方の君主が描かれている。

 イサリーズの金貨はサンと呼ばれていて、200クラックないし1ホイールの価値がある。これの片面には金輪貨と同様に車轂とそこから放射状に広がる車輻の図柄を描いているが、この図柄は車輪というより太陽を表していて、この名がある。もう片面には移動のルーンが描かれている。ロカーノウスの信者は自分たちの神のルーンとの関係からこの貨幣を喜んで使うが、ライトブリンガーを信じる者たちはこの図案をライトブリンガーの探索行の成功に結び付けて考えており、やはりこの貨幣を喜んで使っている。エティーリーズのものはつねに今上の皇帝が描かれており、これをインペリアルと呼んでいる。西方のものはゴールデンと呼ばれていて、その地方の君主が図柄にと望む偉大な功績(戦勝や業績など)を描いている。

貨幣に関する覚書:地球では悪銭が正貨として広く出回っていた。金貨や銀貨は貨幣を増やそうという意図からやすりでこすられたり、他のメダルと合わせて改鋳されたりした。権力者はふつう、公式な極刑や内密の私刑をもってこの問題に臨んでいた。グローランサでも、西方のように交易カルトが不在の地域では同じやり方で法の施行が行われるのが一般的である。[だが、]このような措置は交易カルトが活動的な地域では不要である。なぜならば、ロカーノウス、イサリーズ、エティーリーズの入信者やより上位の者たちは、削られたり不純物が混じった貨幣を手にとればそれを検知できるからである。ただし、アーガン・アーガーの信者はふつうボルグを削ったり改鋳したりすることを気にとめない(7)


貨幣の呼称

  イサリーズ   エティーリーズ   西方   ロカーノウス
1 クラック(銅) クラック(銅) コッパー(銅) -
5 ツリー(銅) キャッスル(銅) キャッスル(銅) -
10 ギルダー(銀) ルナー(銀) ペニー(銀) スポーク(金)
100 ストーム(銀) ドーター(銀) ソヴリン(銀) ハブ(金)
200 サン(金) インペリアル(金) ゴールデン(金) ホイール(金)

  1.   すこし、相互に連結した経済圏で複数の貨幣が並存する状況について考察してみよう。
     前近代の貨幣は実体貨幣であって(註(4)参照)、貨幣の原料そのものに価値がある。一定量の貴金属をユニットにすることによって、重さを量るなどの手間を省いて交換を簡便にするところに貨幣の存在理由がある。であれば、例えば複数の銀貨は、重さが違えばレートは異なるがそれも固定相場となり、必要ないことになる。ことに、グローランサの各文明圏で用いられる貨幣はみな等価である。
     各国が独自の貨幣を発行するにはいくつかの理由がある。一つ目は、政治宣伝のため。メディアの少ない前近代においては、臣民に誰が統治者であるのかを知らしめるのに日常使われる貨幣は絶好の宣伝媒体であった。二つ目は、自国商品の競争力強化のため。地域間交易がなされるとき、交換決済が他国の貨幣でなされる場合、商人は自国の貨幣をその国際通貨に両替しなければならなくなり、その差損を商品売価に付加しなければならなくなる。そうなると、国際通貨を持つ国とそうでない国では同じ金額の商品を作っても、後者の方が両替費用分高くなって、売れなくなるのである。三つ目は、貨幣鋳造の差益のため。交換に使われる際、同量の銀砂と銀貨では銀貨の方が価値を高く見られる。これは銀砂には重さを量るなどの手間がかかるからである。さらに銅などを混ぜることで貨幣を改悪し、差益を増やそうとする試みは幾度となされたが、結局そうなると鐚銭は再度量りなおす必要が生じ、やがて貨幣化による付加価値がなくなる。また改悪貨幣は国際的に使われなくなるから、二つ目に挙げた理由でも不利に働く。もっとも、貨幣の改悪は目先の利益のためでなく、ふつう国内に貴金属が払底し、かつ交換決済が必要なためにやむなく行われてきた。一方、財貨の豊かな中国では、宋代中国で鋳造された宋銭が額面の五倍の価値の銅で製造されたため私鋳銭の入る余地はなく、以後500年間、日本を含む東アジア全域で流通した。
     グローランサでも、クラロレラでは圧倒的に豊かな貴金属のストックを背景に潤沢な通貨が供給され続け、繁栄を謳歌していることだろう。中央ジェナーテラ以西では、イサリーズ銀貨、西方銀貨、エティーリーズ銀貨が並存しているわけだが、ルナー帝国勃興以前にはエティーリーズ銀貨はなかったので、前二者についてまず考えてみる。イサリーズ商人はイサリーズ銀貨を触っただけでそれが本物か否かを判断できるのでイサリーズ商人にとってイサリーズ銀貨は質量の確認を必要としない分だけ価値が高い。一方、西方銀貨は《銀形成》によって容易に製造できることから、鋳造・呪付の手順を踏むイサリーズ銀貨よりずっと製造コストが低く、望むならイサリーズ銀貨以上の純度の貨幣を用意することが出来る。もしかしたらジルステラ帝国やカルマニア帝国ではそのようにしてイサリーズ銀貨を駆逐したかもしれない。だが、これらの帝国が不在の時期には、より使用者の多いイサリーズ銀貨のほうが優勢であったろう。
     エティーリーズ銀貨はほとんどイサリーズ銀貨と同じ機能を持つわけだが、当初はすでに広大な通用圏を持つ分、イサリーズ銀貨の方が優勢であったろう。その後、おそらくルナー帝国はイサリーズ銀貨を回収してエティーリーズ銀貨に改鋳したり、差別てきな交換レートを設けたり、時には暴力を行使して国内ではエティーリーズ銀貨優勢な状況を作り出したに違いない。だが、例えばノチェットを軸とする国際貿易はいまだにイサリーズ銀貨建てで行われているかもしれない。これは、貿易先の国ではイサリーズ銀貨はすでに流通しているがエティーリーズ銀貨はそうではないため質量の確認の分だけ価値が下がるからである。ここでルナー帝国がエティーリーズ銀貨を使うことにこだわれば、輸出品の競争力が下がってしまう。そこで、ルナー帝国はイサリーズ寺院の貨幣鋳造を容認せざるをえないし、貿易が活発になればイサリーズ銀貨の増産すら依頼しなければならなくなるかもしれない。

  2.   グローランサの貨幣は、ローマなどの古代文明で見られた打鋳貨幣ではなく、鋳造貨幣であるらしい。

  3.   民衆は物々交換をしている、ということである。あるいは穀物を交換媒体に用いているのかもしれない。民衆の交換にとっては銅貨すら高額すぎるからである。
     だが、ボルグ鉛貨がある以上、あえて物々交換独特の問題(3-3: Metals 註(2)を参照)を内包するやり方が続けられるかどうかは疑問。零細通貨があれば民衆の生活はより便利になる。例えばムガル朝治下のインドでは銀貨1ルピー=銅貨64パイサ、=貝貨5120であった(もちろん場所・時代によりレートは変化する)が、市場に流通する各貨幣の価値の偏在は金貨1:銀貨24:銅貨4:貝貨11であったという。つまり、市場には銀貨1枚に対して2346枚の貝貨が流通していた、ということである。人々はそれだけ貝貨に親しんでいたわけである。もっともインドの貝貨は貨幣史でも稀に見る零細通貨であったわけだが、中国では鉄貨が用いられ、ヨーロッパでは銅貨を割って通貨としていた。今日25セント硬貨をクォーターというのはその名残である。グローランサには幸いにして鉛貨があるので、民衆はこれを喜んで使っているだろうと想像される。
     トロウルの鉛貨は価値の割りに重すぎて、輸送コストがかかり、流通しないのではと想像されるが、貝貨や鉄貨もやはりその問題を抱えていたが、これらの零細通貨は流通量が莫大なため、銀貨のように滞留してある地方で通貨不足を起こす、といったことにはならなかったようだ。また、インドの貝貨はモルディブで採集された貝を用いているのだが、この貝をベンガルに荷揚げするとそれは3倍の価格で引き取られた、というから、このような零細通貨でも製造差益はかなり上がることになる。これまであまり注目されてこなかったアーガン・アーガー寺院だが、グローランサの民衆が鉛貨を使っている場合、彼らのグローランサ経済への影響力は図りしえないものがある。

  4.   実体貨幣とは、その貨幣に用いられている貴金属自体が価値を持つ貨幣のことである。いまの貨幣のように、その貨幣に用いられている金属の価値が貨幣の持つ価値に達しないものの、使用者の合意によって交換が成立する貨幣を信用貨幣という。

  5.   最近のクラロレラの設定では、この考えはもう古くなっている。

  6.   誰が銀貨を削っているのかは判然としない。ロカーノウス信者は銀貨を受け取らないし、エティーリーズ信者はイサリーズの銀貨を回収して、ルナーの銀貨に改鋳するだろう(貨幣はしばしば統治の象徴であり、地球上でも同様のことが見られた)。あるいは古の種族たちであろうか?

  7.   ボルグ貨幣の価値が低すぎて、あえてそのような手間をかける者がいないからであろう。